元電通社員高橋まつりさんは日本教育や社会によって殺された

[時事ニュース]

元電通社員の高橋まつりさんが、2015年12月25日、クリスマスに自ら命を絶ちました。このような結果になったことに、自分自身大きな怒りを感じています。これは日本の社会、教育が生んだ、歪んだ生き方であると思います。次の高橋まつりさんを生まないためにも、自分が考えた今回の事件について述べていきたいと思います。

日本の教育や社会が高橋まつりさんを殺した

高橋まつりは日本教育日本社会に殺された

ネットでもすでに多くの高橋まつりさんの記事が投稿されています。お顔を拝見するに、相当な美人な女性です。しかも、東大卒ということで、かなりのエリート。母子家庭でお母様が大切に育てた可愛い一人娘でしょう。その高橋まつりさんが選んだ企業が、広告業界最大手の電通。広告業界で働きたい人が憧れる会社とも言われています。汐留駅からすぐの巨大なビルが、電通の威圧感を感じさせます。

高橋まつりさんはtwitterで当時の心境を投稿しています(すでに非公開ですがいろいろな人が詳細について投稿あり)。そのtwitterでは、当時の過酷な労働が如実に掲載されています。22時に帰れればいい方で、会社に泊まることも多く、また20時間会社にいることもあったそうです。さらに、男性上司からは女子力がないと言われ、過酷な労働環境下で眠くなっても自己管理が足りないと言われ、社員の前で罵声を浴びせられたり、給料泥棒などというかなりキツイ言葉も言われたそうです。

ニュースには、過労死による自殺と発表されていますが、これは個人的に殺人だと思っています。つまり、高橋まつりさんは、過度の労働のみならず、人格否定とも取れる非常に心を傷つけられる言葉やパワハラによって殺されたのです。かなり精神的に追い詰められ、自殺させられてしまった。そこまで行くのに、相当な身体的精神的なストレスがあったはずです。メディアの報道を見ていると、どうしても労働時間ばかりに目が行きがちですが、なぜ高橋まつりさんが自殺まで追い込まれたのか、どのような暴言や人格否定の言葉を浴びせられたのか、詳細に報道していないことに怒りを感じます。今回の事件の原因を一片でしか見ていないように思うのです。

上司が誰で何をしたか詳細に発表されていない

もっとメディアは上司が何を高橋まつりさんにしたのか報道するべきです。そして、責任者や当事者の上司は誰なのか、ネットでも男性か女性かすらわかりません。労働時間などという表面的なものではなく、高橋まつりさんがどのような労働、どのようなパワハラを強いられていたのかを詳細に書くべきです。でないと、単なる超過労働の問題として片付けられてしまいます。問題はもっと深いところにあります。たとえ、8時間労働であったとしても、労働時間内でかなりキツイ罵倒や精神的にもボロボロになるような言葉を浴びせられ続けたら、鬱にもなり自殺も考えるでしょう。単なる労働時間の問題だけではないのです。日本社会は弱者を虐める鬼畜のような存在が残念ながらあります。高橋まつりさんは新卒で入社した社会をまだわからない若い女性社員です。これから大きな希望を持った女性社員に心ない言葉を浴びせ続けた上司が絶対いるはずです。そして、高橋まつりさんが命を絶った後も、電通は詳細に発表することなく、のうのうと当事者である上司も電通で働いているでしょう。第二の高橋まつりさんが出るかもしれないのに。結局は労働時間という簡単な問題で済ませて、電通は何も変わらないのです。そして、電通のような会社は腐るほど世の中にあります。

詰める日本の会社が高橋まつりさんを殺した

特に日本社会は詰める文化があるように思います。詰めるとは、部下や対象人物を威圧する圧迫する行為です。威圧的な言葉で相手をねじ伏せようとします。なぜ詰めるかというと、それが人材教育になると考えているからです。例えば何か仕事でミスしたとしましょう。そのような時に、詰める上司は単に怒るだけではありません。「なぜミスしたのか」聞いてきます。この時に、ミスした原因を言ってもダメです。詰める上司は「自分がミスをした」と言わせたいのです。自分がミスをして大きな損失を出したと言わせたいのです。もしここで他のせいにしたら、さらに詰められるでしょう。本来であれば、ミスした原因を言って改善する方法を出せばいいのですが、わざわざ自分がミスしたことを認めさせてからじゃないと済まないのです。このようなめんどくさい流れが日本社会にはあります。

詰めれば人が成長するという歪んだ考え

なぜこのような回りくどいことをするのか、人前で大声で詰めるようなことをするのか、それは詰めれば人は成長できると考えているからです。日本社会にはまだまだ古い考えがあります。また詰める人も、過去に詰められて仕事をしてきた人が多い傾向にあります。なので、詰める人は、詰めて人をしかることしかできないのです。相手がどう感じようと自分はこれで成長できたのだから、詰めれば成長できると勝手に考えています。また、詰めれば人は優位に立つことができます。特に年下の部下を相手にするならば、なおさら服従させることができるでしょう。この行為について一種の快楽を感じていることも否定できません。つまり、詰めて人が成長するだろうと考えて行動することに、自分自身に対しての気持ちよさ、ある意味で自分自身に対して優れた人間であると酔っているのです。残念ながら、このように考える上司は日本の会社に腐るほどいます。そして、このような上司に当たったときの部下の仕事人生は最悪の時間を送る以外ないでしょう。

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東大卒だろうが奴隷環境で働くことに変わりはない

たとえ東大卒だろうと、このような上司や厳しい労働環境下では、奴隷同然に働かされます。そこにはエリートもノンエリートも関係ないのです。常に上司に服従で、上司が良いと思うことしかさせてもらえません。多くの学生が憧れる電通でさえ、このような風習はきっとあったことでしょう。そうでなければ、高橋まつりさんが自殺まで追い込まれることはありません。日本の古びた風習、歪んだ労働者教育が高橋まつりさんを自殺に追い込んだのです。今は、詰めるだけが教育ではありません。確かに詰めて成長した人もいるかもしれません。でもそれは本人の錯覚かもしれないのです。わざわざ詰めて、精神的に追い込んで仕事させることが、教育ではないのです。現に命を絶っている若い社員がここにいる。それは教育ではなく、殺人行為です。間違った歪んだ指導方法と言わざるおえないでしょう。これからの社会はもっと指導方法を変えるべきです。一人一人の社員に合う指導方法を真剣に考えないといけません。会社員を駒と考え、変えはいくらでもいると考えるから、一人の尊い命がおざなりにされるのです。高橋まつりさんのお母様は2015年12月25日に希望も未来も何もかも失いました。お母様の時は止まったままです。今でも「夢であってくれ」と思っています。まつりさんの自殺を止められなかった自分をものすごく責め、後悔しているはずです。歪んだ指導方法や労働環境が一つの家族を崩壊させてしまったのです。

やめられない思考がすでに形成されていた

ここまで書くと、では高橋まつりさんは会社を辞めればよかったじゃないか、と思うかもしれません。けれども、ここにも日本の歪んだ社会が現れています。高橋まつりさんは、やめようとおもったかもしれませんが、結局は会社を辞めずに、自分の命を絶つことを選びました。なぜなのか、個人的な考えでは日本の世の中が会社を辞めることを否定させた。彼女に会社を辞めない選択肢を選ばせたと考えています。電通といえば、先ほどにも申し上げた通り、広告業界の最大手です。誰しもが憧れる会社、給料も良い、働き続ければ将来は安定して、みんなからも一目置かれる存在になる、世間体はバッチリ、やめた後の自分の人生の方が怖い、などいろいろな思いがあったと思います。つまり、今の日本社会は会社を辞めることに対しての引け目を感じてしまう社会なのです。高橋まつりさんも、もし自分が会社を辞めるとしたら、周りからなんて言われるか、また自分の人生はやめた後は大丈夫なのか、ときっと考えたはずです。やめた時の不安を考えるならば、残って電通で働いた方がましと考えたかもしれない。けれども結果的には一番尊い命を落としてしまった。

日本の教育は過労死や自殺者を生む

残念ながら、日本社会には自然と会社で働くことを選ばされる土台ができています。なので、真面目な人ほど限界まで働き自分の命を落とすところまで行ってしまうのです。なぜこうなってしまうのか、その根本には日本の教育も絡んでいます。つまり、日本の教育は一生懸命みんな勉強させ、いい成績を取るように強制的にテストを受けさせ、いい大学を目指させ、いい会社に入るように親も一緒になって教育指導する国になっているのです。もし、会社で生きる以外の生き方を教育で教えられていたら、もし、会社で働くよりも自分の命の方が尊いことを教育で教えられていたら、もし起業する方法も教育で教えられていたら、もし、高橋まつりさんが別の視野を持てるような人が周りにいたら、彼女は命を絶つことはなかったかもしれない。けれども、昔から今も日本の教育は、良い会社員を育てる教育がされています。会社員から脱線することに恐怖を感じさせる教育が自然と体に植え付けられてしまっているのです。だから、超大手会社に一度就職したら、自ら退職することはなかなかできない。真面目に勉強して育てられた人ほど、会社を辞めることに抵抗感を感じる。会社の否定したり、辞めることに自己嫌悪を感じてしまうのです。しかし、今はそんな時代ではない。一人でも起業ができ、若者が一人で世界を変えることもできる。

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第二の高橋まつりは日本中にいる

これからの日本教育、日本社会はもっと多岐に渡るものでなければいけません。もっと様々な生き方があるのです。もう昔のような詰める文化、勉強だけして良い会社を目指す社会ではないのです。もっと自分らしく、奴隷のように働かされるのではなく、自分の能力を存分に生かした仕事をすべきなのです。余計な世間体や会社の空気に準ずる必要はありません。じゃないと、第二の高橋まつりさんを生んでしまいます。現実に、自殺するほど追い込まれている若い社員は日本中にいくらでもいるでしょう。日本社会や日本教育が変わらない限り、必ずまた同じような事件が起こります。もっと視野を広く持たなければいけません。それには、家族や周りがサポートしなければいけない。人は悩んでいるところを出しにくいものです。周りがサポートする余裕も必要なのです。

古い日本社会は変わらない、自分が生き方を変えるしかない

日本社会は本気で変わらないといけません。これは労働時間だけの問題ではないです。逆に労働時間だけにフォーカスしてしまうと、様々な業界に支障を及ぼしてしまうでしょう。もっと問題は深いところにあります。教育方法や現場の指導方法、またメディアの情報公開にも問題はあるのです。根本的な社会の闇をつかないと、この問題は大きく解決しないでしょう。高橋まつりさんの尊い命を契機に、日本の労働環境が大きく変わることを望みます。それは何十年経過したとしても、努力していくべき問題です。


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